退去時の畳交換費用、「全額借主負担」は払わなくていい?宅建士が国交省ルールで解説
賃貸を退去するとき、不動産屋さんから「畳は全部、借主さん負担で交換してもらいます」と当たり前のように言われた経験、ありませんか。入居のときに「畳は使用年数に関係なく退去時に全額交換」と説明され、なんとなく「そういうものなんだ」と受け入れてしまった——そんな声が、私のもとにもよく届きます。
結論から言うと、その畳代、払わなくていい可能性がかなり高いです。日焼けや自然なすり減りといった経年変化・通常損耗は、国土交通省のガイドライン上、原則として貸主(大家さん)負担とされているからです。
私は宅建士(2014年取得)・FP1級(2019年取得)を持ち、今は不動産テック企業でAIを使った不動産価格の査定システムを開発しています。「家を売るとき・買うときの情報格差をなくす」がミッション。飛び込み営業時代に退去精算の現場を数えきれないほど見てきた経験から、この記事を書きました。
ルールと根拠さえ知っておけば、退去時に数万円〜十数万円の請求をそのまま払わずに済むことも珍しくありません。最後まで読めば、「請求されたときに何と言えばいいか」までそのまま使える形でわかります。
賃貸の入居や退去のとき、「畳は傷みや使用年数に関係なく、退去時に全額借主負担で交換してもらいます」と説明される——これ、本当によく聞く話です。多くの人が、その場では「そういうものなんだ」と受け入れてしまいます。
でも、ここは一度立ち止まって確認する価値があります。日焼けや自然なすり減りといった傷みなら、その畳代は払わなくていいケースが多いからです。
この「畳は全額借主負担」という話には、多くの人が引っかかるポイントが4つ詰まっています。入居時の口頭説明・契約書の特約・経年劣化と故意過失の切り分け・退去時の伝え方。ここから一つずつ、国交省ガイドラインや法律の根拠つきで丁寧にほどいていきます。
日焼け・自然なすり減りなど普通に住んでいて生じた畳の傷みは、国交省ガイドラインで貸主(大家さん)負担が原則。
借主が払うのは、タバコの焦げ跡やこぼしたシミを放置したような故意・過失による傷みに限られます。
賃貸の退去費用は「言われた金額をそのまま払う」のが当たり前になっていますが、本来は誰がどこまで負担するかにきちんとルールがあります。そのルールの土台が、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」です。
ここでいう原状回復とは、「借りたときのピカピカの状態に戻す」ことではありません。国交省は、原状回復を「借主の故意・過失や通常を超える使い方で生じた傷みを元に戻すこと」と定義しています。つまり、普通に暮らしていて自然についた傷みは、そもそも借主が直す対象ではないんです。
この前提を知っているかどうかで、退去時の数万円〜十数万円が変わってきます。まずは「経年劣化=貸主/故意過失=借主」という大原則を押さえてください。
「経年劣化は貸主負担」と言える根拠は、感覚論ではなく、法律とガイドラインにはっきり書かれています。理由は大きく2つです。
理由①:通常の傷みの分は、すでに家賃に含まれている
国交省ガイドラインの考え方の柱がこれです。建物や設備は時間とともに価値が下がっていきますが、その自然な劣化(経年変化)や、普通に使っていて生じる傷み(通常損耗)の費用は、あらかじめ家賃に織り込まれているとされています。
だから、退去時に借主がもう一度その費用を払うと「二重払い」になってしまう。これが「経年劣化・通常損耗は貸主負担」の根っこにある理屈です。国交省も、借主に修繕費を全額負担させるのは費用配分の合理性を欠く、とはっきり示しています。
理由②:2020年の民法改正で、原則がより明確になった
2020年4月施行の改正民法では、原状回復のルールが条文に明記されました。民法621条は、借主の原状回復義務について、「通常の使用によって生じた損耗と経年変化を除く」とはっきり書いています。
つまり「経年変化・通常損耗は、そもそも借主が原状回復する義務の対象から外れている」ことが、ガイドラインだけでなく法律の条文として確定したわけです。畳の日焼けや自然なすり減りは、まさにこの「経年変化・通常損耗」にあたります。
▲ 国交省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の負担区分の考え方を整理
結局のところ、「自然に生じた傷み=貸主」「借主のせいで生じた傷み=借主」というシンプルな線引きです。これが法律とガイドラインの両方で裏づけられている、というのがポイントです。
ここは多くの記事が触れていない、畳ならではのポイントです。先に結論を言うと、畳表(たたみおもて=表面のい草の部分)は「消耗品」として特別扱いされています。
通常、設備の負担額を計算するときは「経過年数(入居年数)」を考慮します。たとえばクロス(壁紙)は6年で価値が1円まで下がるとされ、長く住むほど借主の負担割合は小さくなる、という考え方です。
ところが国交省ガイドラインでは、襖紙(ふすまがみ)・障子紙・畳表といったものは消耗品としての性格が強いため、毀損(きそん=傷み)の軽い重いにかかわらず、また経過年数を考慮しないと整理されています。
「経過年数を考慮しない」と聞くと、一見「じゃあ何年住んでも全額借主負担?」と不安になりますよね。でもここで大事なのは順番です。
つまり「経過年数を考慮しない」のは、あくまで借主が負担すべきと決まったあとの計算ルールであって、「畳ならなんでも借主負担」という意味ではありません。日焼けや自然なすり減りは、STEP1の時点で貸主負担に振り分けられます。この順番を知らないと、「畳は経過年数関係なく全額負担」という説明を鵜呑みにしてしまうので注意してください。
相談でいちばん多いのが、これです。「契約書に『畳は退去時に借主負担で交換する』と書いてあるから払ってください」と言われるパターン。
結論を言うと、そういう特約があっても、必ずしも有効とは限りません。むしろ、条件を満たしていない特約は無効と判断された裁判例がいくつもあります。
特約が有効になるための条件は、けっこう厳しい
最高裁の判決(平成17年12月16日)は、「通常損耗まで借主に負担させる特約」自体を一律に否定したわけではありません。ただし、その特約が有効に成立するには、借主がその負担を具体的に認識し、はっきり合意していることが必要だとしました。
この判決を踏まえると、特約が有効と認められるには、おおむね次のような条件が求められます。
逆に言えば、「使用年数に関わらず全額借主負担」のような、範囲も金額もあいまいなまま一方的に負担を押しつける内容は、これらの条件を満たしにくいということです。
消費者契約法10条で無効になることもある
さらに、借主に一方的に不利な特約は、消費者契約法10条によって無効になる場合があります。実際に、自然損耗まで借主負担とする原状回復特約について、「借主に二重の負担を強いて信義則に反する」として無効とした裁判例(大阪高裁 平成16年12月17日判決など)が複数出ています。
もちろん、特約が常に無効になるわけではありません。「特約があるから全額負担」も「特約は全部無効」も、どちらも言い過ぎです。大事なのは、その特約が上の条件を満たしているかを冷静に見ること。入居時に口頭で「畳は全額負担ね」と言われただけ、というケースは、有効性が疑わしいと考えてよいでしょう。
ここまで「貸主負担が原則」と書いてきましたが、フェアにお伝えすると、借主が払うべき傷みもあります。ここを切り分けられないと、逆に言いがかりのような主張になってしまうので、しっかり区別しましょう。
畳まわりで「借主負担」と判断されやすいのは、次のような故意・過失による傷みです。
畳やクロスの焦げ穴、喫煙による黄ばみ・臭い。手入れを怠った結果とされ、借主負担になりやすい。
飲み物や調味料をこぼして放置した跡、結露を拭かず放置して広がったカビなど。
ペットによる傷、重い物を引きずってできた大きな破れなど、通常の使い方を超えた損傷。
判断に迷ったら、「これは普通に暮らしていて自然につくものか、それとも自分(や同居者・ペット)の不注意でついたものか」を基準に考えてみてください。前者なら貸主、後者なら借主、という切り分けがガイドラインの発想に近いです。
ここが一番実用的なパートです。結論はシンプルで、「ガイドラインに沿って精算してください」と伝えればOK。相手をやり込めたり、論破したりする必要はありません。
退去立会いや精算で畳代を全額請求されたら、次のステップで落ち着いて対応しましょう。
ポイントは、感情的にならず「ルールに沿ってお願いします」という一点で押すこと。相手も担当者として落としどころを探しているので、根拠を示して淡々と伝えるのが結局いちばん早いです。
ここまで読んで、「賃貸の退去でこれだけ情報格差があるのか」と感じた方も多いと思います。じつは、これは賃貸に限った話ではありません。家を「買う」ときも、まったく同じことが起きています。
自宅の購入は、住むための消費であると同時に、数千万円を動かす不動産投資でもあります。賃貸の畳代は数万円の差ですが、購入で相場や資金計画を知らずに高値づかみをすると、その差は数百万〜数千万円。しかも、高く買ってしまったら、その後どう頑張っても取り返すのは難しいのが不動産です。
私自身、20年以上前にファイナンシャルアカデミーの不動産投資スクールを受講し、その知識をベースに自宅2件を含む13件の取引すべてで損を出さずに来られました。だからこそ、買う前に「知識を入れておく」価値を実感しています。
このスクールには無料体験があります。無理な勧誘は一切なく、まず話を聞くだけでもかまいません。不動産そのものは気軽に買うものではありませんが、この体験受講は気軽に受けてみてください。
※筆者の個人的な体験に基づく感想です。受講の成果や効果を保証するものではありません。
原状回復のトラブルは「退去時の問題」と思われがちですが、国交省は「入口(入居時)の問題」として捉えることがトラブル防止に有効だとしています。退去でもめないコツは、じつは入居の日に決まります。
入居時にやっておきたい3つのこと
「写真なんて面倒」と思うかもしれませんが、退去時に「この傷は最初からありました」と一枚の写真で示せるかどうかで、精算額が変わります。引っ越し当日の10分が、数万円を守ってくれると考えれば、やる価値は十分あります。
自分たちだけで折り合いがつかないときは、無理せず第三者の力を借りましょう。費用をかけずに相談できる公的な窓口があります。
局番なしの「188(いやや!)」に電話すると、近くの消費生活センターにつながります。賃貸の退去トラブルの定番の相談先。無料で利用できます。
国土交通大臣指定の住宅専門相談窓口(公益財団法人 住宅リフォーム・紛争処理支援センター)。建築士などの専門家が、公正・中立な立場で住まいの相談に対応します。
「こんなことで相談していいのかな」と遠慮する必要はありません。相手を言い負かすより、第三者に整理してもらうほうが、結果的にスムーズに解決することが多いです。
最後に、この記事のポイントを整理します。
退去費用は、知っているか知らないかで手元に残るお金が変わる、典型的な情報格差の世界です。今度引っ越すときは、ぜひこの記事を思い出してください。「そういうものだから」で払ってしまう前に、ルールを一度確かめるだけで、守れるお金があります。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的アドバイスではありません。実際の負担区分や特約の有効性は、契約内容・物件の状況・地域の慣習などにより個別に判断されます。具体的なトラブルについては、消費生活センター(188)や弁護士などの専門家にご相談ください。
✍️ この記事を書いた人|ほげたろう
宅建士(2014年取得)・FP1級(2019年取得)保有。今は不動産テック企業でAIを使った不動産価格の査定システムを開発。「家を売るとき・買うときの情報格差をなくす」がミッション。飛び込み営業時代や不動産投資の失敗も含めたリアルな体験と、日々データと格闘するエンジニア目線の両方から「不動産ゼロからナビ」を運営。4人家族、地方在住。「難しそう」を「なんとかなる」に変える情報を発信中。